『春日狂想』

この詩は僕が入院中に読んだ漫画雑誌の中で、
登場人物の好きだった詩として紹介されていたものです。

その漫画では、1.のみが掲載されていたのですが、その部分がとても印象的
だったので、後日文庫本で購入してはじめて続きがあることを知りました。

それまで詩というものに一切興味を持たなかったのですが、
中原中也という、わずか30年の生涯で百編足らずの詩を残して逝った詩人
の駆け抜けたような生涯にとても興味を引かれました。

その原点となったこの詩をここに紹介したいと思います。

1.

愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。

愛するものが死んだ時には、
それよりほかに方法がない。

けれどもそれでも業(?)が深くて、
なほもながらふことともなったら、

奉仕の気持になることなんです。
奉仕の気持になることなんです。

愛するものは死んだのですから、
たしかにそれは死んだのですから、

もはやどうにもならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、

奉仕の気持にならなけあならない
奉仕の気持にならなけあならない

2.
奉仕の気持になりにはなったが、
さて格別の、ことも出来ない。

そこで以前より本なら熟読。
そこで以前より人には丁寧。

テムポ正しき散歩をなして
麦稈真田を敬虔に編みー

まるでこれでは、玩具の兵隊。
まるでこれでは、毎日、日曜。

神社の日向を、ゆるゆる歩み、
知人に遇えば、にっこり致し、
飴売爺々と、仲よしになり、
鳩に豆など、パラパラ撒いて、

まぶしくなったら、日蔭に這入り、
そこで地面や草木を見直す。

苔はまことに、ひんやりいたし、
いはうやうなき、今日の麗日。

参詣人等もぞろぞろ歩き、
私は、なんにも腹が立たない。

《まことに人生、一瞬の夢、
ゴム風船の、美しさかな。》

空に昇って、光つて、消えてー
やあ、今日は、ご機嫌いかが。

久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処かで、お茶でも飲みましよ。

勇んで茶店に這入りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。

煙草なんぞをくさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、ー

戸外はまことに賑やかなこと!
ーではまたそのうち、奥さんによろしく、

外国に行ったら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。

馬車も通れば電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。

まぶしく、美しく、はた俯いて、
話をさせたら、でもうんざりか?

それでも心をポーッとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮。

3.
ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テムポ正しく、握手をしませう。

つまり我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。

ハイ、ではみなさん、ハイ、ご一緒にー
テムポ正しく、握手をしませう。

中原中也『春日狂想』思潮社現代詩文庫より